ビジネス 2025年11月10日

Text by SPARK Daily

「82%が未使用」クレカ特典。お得が生む時間とストレスのコスト

「82%が未使用」クレカ特典。お得が生む時間とストレスのコスト

年会費2,600ドルで14枚のクレジットカードを管理する夫婦が、Googleスプレッドシートで特典を追跡する日々。しかし、「ウォール・ストリート・ジャーナル」が報じたこの光景が照らし出すのは「お得」の裏側にある落とし穴だ。プレミアムカードの特典利用は、もはやパートタイム並みの仕事になりつつある。

年会費2,600ドル、特典管理は「パートタイム並み」

ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)の報道によれば、オハイオ州コロンバスに住むエリック・メイ(36)と妻のシャーリーンは、14枚のクレジットカードを保有し、年会費の合計は約2,600ドル。損をしないために、彼らが用意したのが色分けされたGoogleスプレッドシートだ。

食事、旅行、ショッピング——あらゆる支出を記録し、どのカードのどの特典を使ったかを追跡する。最近のニューヨーク旅行では、高級寿司店での食事を楽しんだ後、ホテルへ戻る地下鉄の中でスプレッドシートを更新した。

「時々、雰囲気をぶち壊しているなと感じる」とエリックは認める。

Uberを呼ぶときも、彼はスマホでスプレッドシートを開く。夫婦が持つ複数のカードにUber関連のクレジットが付いているが、それぞれ条件が異なるからだ。あるカードはUber Rideのみ、別のカードはUber Eatsのみ、さらに別のカードは空港利用時のみ。

それでも、彼らは努力する価値があると信じている。スプレッドシートによれば、年会費を900ドル以上上回る特典を得ているからだ。

プレミアムカードの「進化」が生んだ複雑性

この状況を生んだのが、プレミアムカードの年会費の急上昇だ。

American Expressは2025年9月、Platinumカードの年会費を29%引き上げ、895ドルにした。数カ月前には、JPMorgan ChaseがSapphire Reserveカードの年会費を45%引き上げ、795ドルにしている

値上げを正当化するため、カード会社は新たな特典を追加した。しかし、キャッシュバック率の向上やポイント還元率のアップではなく、「特定の店舗でのみ使えるクレジット」が中心だ。

この戦略の背景には、カード会社の経済合理性がある。汎用性の高いキャッシュバックやポイントは、顧客がどこでも自由に使えるため、カード会社にとってコストが高い。一方、特定店舗限定のクレジットは、提携先との交渉で割引を得られるため、実質的なコストを抑えられる。

しかし消費者にとっては、管理の手間が激増する。クレジットには月次、四半期ごと、年次など、さまざまな有効期限がある。プレミアムカードは、もはや「クーポンブック」と化している。

330億ドルが毎年捨てられている

複雑化の代償は数字に表れている。米消費者金融保護局(CFPB)のデータによれば、2022年にアメリカのカード保有者が獲得した特典は400億ドル以上。しかし、そのうち330億ドル以上が未利用のまま失効した。

実に82.5%の特典が使われていない計算だ。

クレジットカード調査会社Experianによれば、アメリカ人は平均7枚のクレジットカードを保有し、そのうち約4枚を実際に使用している。しかし、年会費250ドル以上のカードを持つ人は、全体の15%未満だ(Bank of Americaのデータ)。

特典追跡サイトpoint.meの創設者ティファニー・ファンクは、WSJの取材に対し、消費者が陥りがちな罠を指摘する。「多くの人は、明細書のクレジットに注目するが、ポイント還元プログラムを見落とす。また、レストランの予約特典など、数値化しにくい特典を過大評価する傾向がある」

さらに彼女は、地理的な格差も指摘する。「ロサンゼルス、ニューヨーク、サンフランシスコ以外に住んでいる場合、特定店舗のクレジットを活用するのは難しい」

シンプルさを武器にする新興勢力

プレミアムカードの複雑化は、新たなビジネスチャンスを生んでいる。

特典管理の煩雑さに対応するため、point.meのような特典追跡サービスが台頭している。これらのプラットフォームは、複数のカードの特典を一元管理し、最適な使い方を提案する。

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さらに、「Buy Now, Pay Later(BNPL)」企業も、クレジットカード市場への参入を加速している。Affirmなどのフィンテック企業は、シンプルな報酬システムを武器に、従来のカード会社に挑戦している

複雑な特典システムに疲弊した消費者にとって、「シンプルさ」は魅力的な価値提案だ。クレジットカード業界は、再編の時期を迎えている。

「最適化」の罠

この状況は、行動経済学で言う「サンクコスト効果」の典型例だ。

年会費を払った以上、元を取ろうとする心理が働く。使わない特典があれば「損をしている」と感じ、本来不要な消費を生み出してしまう。例えば、特定店舗のクレジットを消化するために、普段行かない店で買い物をする。使い切れないエンターテインメント特典のために、家族や友人のサブスクリプションを肩代わりする。

「お得」が「義務」に変わる瞬間だ。

さらに問題なのは、この「最適化ゲーム」が終わりのない競争になっていることだ。年会費が上がれば、より多くの特典を使わなければならない。より多くの特典を使えば、さらに上位のカードが魅力的に見えてくる。

カード会社が仕掛けた「特典の複雑化」は、消費者を「最適化ゲーム」に巻き込むことで、さらなる消費を促す装置として機能している。

本当の「プレミアム」とは何か

スプレッドシートで特典を追跡し、年900ドルのプラスを出す。数字の上では成功だ。だが、その数字には時間とストレスのコストは含まれていない。本当にお得なのだろうか?

Source: The Wall Street Journal ほか

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