「逃げ始める距離」に約1メートルの差
UCLA のダニエル・ブルームスタインらの国際研究チームは、欧州の都市部に生息する鳥37種を対象に「逃避開始距離(flight initiation distance)」を測定した。人間が近づいたとき鳥が飛び立つまでの距離を示す指標で、鳥の警戒心を数値化する手法として広く使われている。
学術誌 People and Nature に発表された研究によると、鳥は男性の実験者に対して、女性よりも約1メートル近くまで接近を許してから飛び立った。この差は5カ国の都市部で一貫しており、種ごとのばらつきを統計的に補正しても消えなかったという。
「都市部の鳥が、接近する人間の性別によって異なる反応を示すという結果は確かだ。しかし、今のところそれを説明できない」とブルームスタインは述べている。最先端の比較分析手法を用いても、原因の特定には至らなかった。
匂いか、歩き方か、それとも体型か
研究チームはまず、髪の長さ・体格・身長といった外見的な手がかりを検証した。男女ペアの実験者は体格を揃え、髪が長い場合は隠して実験に臨んだ。それでも鳥の反応に差は残った。
残る候補として挙がったのが、ウエストとヒップの比率、歩行時の身体の動き、そして体臭だ。鳥は視覚に強く依存する動物だが、一部の種は捕食者の匂いを嗅ぎ分けられるとする研究もある。男女で異なる化学シグナルが、鳥にとっての「警報」になっている可能性は否定できない。
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ただし、鳥がこうした微細な差異を実際にどう統合処理しているかは未解明だ。研究者たち自身も、決定的な説明には至っていないと認めている。
「狩る女性」の記憶か——進化仮説の魅力と限界
もっとも大胆な仮説は、進化的な記憶に関わるものだ。人類の狩猟採集時代、男性が大型の獲物を追う一方で、女性が鳥のような小型動物を捕まえる役割を担っていた可能性がある。何世代にもわたり、鳥は女性をより危険な存在として学習した——という筋書きだ。
研究チームもこの仮説に十分な説得力があるとは考えていない。だが、より有力な代替案もまだ見つかっていないのが現状だという。科学の醍醐味は、きれいに説明できない発見にこそあるのかもしれない。
鳥の目に映る「私たち」
この研究が示すもう一つの事実は、都市の鳥が人間を「群衆」ではなく「個体」として精密に観察しているということだ。性別や動きの微妙な違いまで見極めたうえで、逃げるか留まるかを瞬時に判断しているらしい。
人間と野生動物の共存が都市設計の課題になりつつあるなか、鳥の側から人間がどう見えているかを理解することは、共存の手がかりになるだろう。次に公園でハトが飛び立ったら、そのハトはあなたの歩幅や体型をしっかり観察していたのかもしれない。

