Appleとイッセイ ミヤケが「iPhone Pocket」を11月14日、日本を含む8カ国で発売する。40年前、スティーブ・ジョブズが惚れ込んだ「一枚の布」の哲学が、iPhoneケースという形で蘇る。
ジョブズの「ユニフォーム」を生んだ、ソニー工場での出会い
2025年11月11日、Appleとイッセイ ミヤケはiPhone Pocketを発表した。3D編み技術を使った伸縮性のあるケースで、すべてのiPhoneに対応する。11月14日より日本、米国、フランス、中華圏など8カ国で販売を開始する。
このコラボレーションの背景には、1980年代のある出会いがある。
スティーブ・ジョブズが初めてイッセイ ミヤケの服に出会ったのは、ソニーの工場を訪問した時だった。従業員全員が同じ制服を着ている光景に興味を持ったジョブズは、創業者の盛田昭夫に理由を尋ねた。盛田は「戦後、従業員が着る服すらなかった時代に会社が提供したことが始まりで、今では会社と従業員を結ぶ絆になっている」と説明した。
その制服をデザインしたのが、三宅一生だった。
感銘を受けたジョブズは、Appleにもユニフォームを導入しようとイッセイ ミヤケにデザインを依頼した。しかし従業員からは大ブーイング。結局、ジョブズは「自分だけのユニフォーム」として、黒いタートルネックを100着オーダーすることになる。
イッセイ ミヤケのチームは、ジョブズの体型を徹底的に測定し、袖をまくった時の左右のバランスまで計算した。最初の100着は無償で提供された。ある時、元の素材が手に入らず似た素材で作ったタートルネックを送ったところ、ジョブズは即座に「ファブリックが違う」と返品したという。妥協なき追求、シンプルさのなかに宿る複雑さ——両者が共有する哲学を象徴するエピソードだ。
三宅一生の哲学がiPhoneケースに
三宅一生が生涯をかけて追求したのは、「服は一枚の布である」という思想だった。一枚の布をどう扱えば、誰もが着やすく、美しく見えるか。素材から徹底的に探求する姿勢は、ジョブズの製品哲学と重なる。
iPhone Pocketは、この「一枚の布」コンセプトを現代に再解釈したものだ。オリジナルの3D編み技術でiPhoneを包み込みながら、伸縮して日用品も収納できる。広げると編み地の開いた部分から中身が見え、iPhoneのディスプレイが現れる。
「iPhone Pocketのデザインは、iPhoneとそのユーザーの間の結びつきを物語ると同時に、すべてのApple製品のもつ普遍的な美学と、多様に使えるようデザインされていることを念頭に置いています」とMIYAKE DESIGN STUDIOのデザインディレクター、宮前義之氏は述べている。
手で持つ、かばんに結ぶ、体に直接身につける——使い方は着用者に委ねられる。これもまた「余白を残すことで可能性と個人の解釈を許容する」というイッセイ ミヤケの哲学の表れだ。
カラーは短いストラップが8色、長いストラップが3色。「iPhoneのすべてのモデルおよびカラーとうまく調和するよう緻密にデザインされており、ユーザーは独自のパーソナライズされた組み合わせを作り出すことができます」とAppleのインダストリアルデザイン担当バイスプレジデント、モリー・アンダーソンは説明する。
25,800円のiPhoneケース、その戦略的意味
iPhone Pocketの価格は、短いストラップが25,800円(税込)、長いストラップが39,800円(税込)だ。一般的なiPhoneケースが数千円で買えるなか、この価格設定は異質に見える。しかしAppleにとって、これは計算されたラグジュアリー戦略の一環といえるだろう。
先行例がエルメスとのコラボレーションだ。Apple Watch エルメスはエントリーモデルでApple Watch単体の2倍以上の価格だが、エルメスのレザーバンドとオリジナル文字盤が付く。テクノロジー製品に「ファッション性」「希少性」を付加することで、新たな顧客層を開拓する狙いがある。
iPhone Pocketも同じ文脈にある。イッセイ ミヤケというブランドの持つ文化的価値、日本の職人技術、Appleのデザイン哲学——これらが25,800円という価格に織り込まれている。
想定されるターゲットは、テクノロジーとファッションの両方に敏感で、Apple製品を「ステータス」として捉える層だろう。外資系企業やスタートアップのエグゼクティブ、クリエイティブ業界のプロフェッショナルたち。彼らにとって、iPhoneは自分のアイデンティティを表現するツールであり、iPhone Pocketはその表現の幅を広げる選択肢となる。
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「Crafted in Japan」が持つブランド価値
iPhone Pocketは「日本製」であることを前面に押し出している。世界的に、日本製は「精密さ」「品質」「職人技」の代名詞だ。とりわけファッション業界において、日本のテキスタイル技術は独自の地位を築いてきた。
開発とデザインは、MIYAKE DESIGN STUDIOとApple Design Studioの密接な協力のもとで展開された。一方が技術を提供し、他方がデザインを担当する単純な分業ではなく、両者が対等なパートナーとして製品の本質を追求する——ジョブズと三宅一生が1980年代に築いた関係性の延長線上にあるといえるだろう。
限定販売という「希少性の演出」
iPhone Pocketは「スペシャルエディション(限定リリース)」と銘打たれている。販売は8カ国のみ。店舗も厳選されており、日本ではApple 銀座、米国ではApple SoHo(ニューヨーク)、フランスではApple Marché Saint-Germain(パリ)——いずれも各国を代表するフラッグシップストアだ。
この限定戦略には、複数の意図が読み取れる。希少性の演出、ブランド体験の提供、そしてホリデーシーズンを見据えたタイミング。世界中で数億台が売れるiPhoneだからこそ、その周辺でいかに差別化するかが重要になるだろう。
「身につけるテクノロジー」へ
iPhone Pocketが示しているのは、ファッションとテクノロジーの境界線が消えつつある未来だろう。AppleはApple Watchで「腕時計」をテクノロジー化した。次はiPhoneを「身につける」ものに変えようとしている。
「もう一つポケットを加える」というコンセプトは、iPhoneを「特別なガジェット」から「日常に溶け込むアイテム」へと位置づけ直す試みといえる。Apple Watchが手首に、AirPodsが耳に、そしてiPhoneが服のように身につけるものに——イッセイ ミヤケの「一枚の布」哲学は、テクノロジーと身体の境界を曖昧にしていく。
ジョブズが追求した「ユニフォーム」の思想は、こうして形を変えながら受け継がれている。それは単に同じ服を着ることではなく、テクノロジーを身体の一部のように自然に使いこなすこと。iPhone Pocketは、その思想の新たな表現なのかもしれない。



