AIアーティストXania Monetの楽曲「How Was I Supposed to Know?」が、Billboard Adult R&B Airplayチャートに初登場した。ラジオチャートにAIアーティストが登場するのは史上初だ。しかし、550万回再生されたYouTubeのコメント欄は「AI slop(AI汚泥)」という言葉で埋め尽くされている。
史上初、AIアーティストがBillboardラジオチャートに
2025年10月17-23日の週、Xania Monetの「How Was I Supposed to Know?」がBillboard Adult R&B Airplayチャート30位に初登場した。複数のラジオ局が楽曲を放送し、前週比28%増の再生を記録。AIアーティストがBillboardのラジオチャートに登場するのは、チャート史上初のことだ。
Xania Monetは、ミシシッピ州在住の詩人Telisha "Nikki" Jonesが、AI音楽生成ツール「Suno」を使って作り出したバーチャルアーティスト。Jonesが書いた歌詞をSunoに入力することで、ボーカル、メロディ、アレンジまでをAIが生成する。
楽曲は9月にTikTokでバイラルヒットし、Billboard R&B Digital Song Salesチャート1位を獲得。その後、デジタル配信で約1,000万回のストリーミングを記録し、300万ドル(約4.5億円)のレコード契約を締結した。そして今回、ラジオという「古典的」なプロモーション手法でチャート入りを果たした。
「AI slop」—YouTubeコメント欄が映す拒否反応
しかし、楽曲のYouTube動画には550万回の再生数に対し、コメント欄は批判一色だった。
最も支持されたコメント(914いいね)は「Welcome back to slop live(またslop配信へようこそ)」。次いで627いいねを獲得したのは「どこの天才がTikTokでチャートインする父親問題の感情的な曲を書けとプロンプトしたんだ?」という皮肉だ。
「slop」とは、本来は豚の餌を意味するスラングだが、AI生成コンテンツの文脈では「低品質・大量生産・魂がないコンテンツ」を指す言葉として使われる。「コメントすらAIだ」(719いいね)、「なぜコメントが全部ボットなんだ」(101いいね)という声も目立ち、感動的なコメントすら疑われている。
SZAとKehlaniが示した「尊敬できない」という境界線
著名なR&Bアーティストも強い反対を表明した。
KehlaniはTikTok動画で「AIのR&Bアーティストが数百万ドルの契約を結んだ。そして、その人物は何の仕事もしていない」と批判した。「AIは楽曲全体を作れる。歌全体を歌える。ビート全体を作れる。私にとって、AIを受け入れる理由は存在しない。特にクリエイティブ・アートにおいては。申し訳ないが、私は尊敬できない」
SZAもInstagramストーリーでニュースのスクリーンショットをシェアし、「私もこれは支持しない。なぜ私たちの音楽の価値を下げるのか?別のジャンルではこんなことしないはずだ」とコメント。さらに、AIエネルギーセンターが生み出す環境負荷にも言及した。
彼女たちが示したのは、技術的可能性と芸術的正当性の間にある境界線だ。AIは音楽を作れる。しかし、それは「音楽家の仕事」と呼べるのか。
15局が放送し、誰一人語らない
Billboardは、楽曲を放送した複数のラジオ局のプログラムディレクターと音楽ディレクターに取材を試みた。
誰一人として、コメントに応じなかった。
15局が楽曲を放送しながら、公式コメントはゼロ。この沈黙の意味は明らかではないが、音楽業界がこの問題にどう向き合うべきか決めかねていることを示している。
いずれにせよ、ラジオ局の沈黙は、音楽業界がこの問題にどう向き合うべきか決めかねていることを示している。
一方、AI音楽は着実に拡大している。Billboardによれば、Emerging Artists chartに複数のAIアーティストが登場している。Xania Monetの別の楽曲「Let Go, Let God」もHot Gospel Songsチャート21位に入った。
AI音楽生成ツール「Suno」は、音楽プロデューサーのTimbalandが戦略アドバイザーを務める。業界の大物が関与していることは、これが一時的な話題ではなく、構造的な変化であることを意味している。
初音ミクとの決定的な違い
日本の読者にとって、バーチャルアーティストは馴染み深い存在だろう。2007年にリリースされた初音ミクは世界的な成功を収め、Vtuberも音楽活動を行っている。
しかし、初音ミクとXania Monetには決定的な違いがある。
初音ミクは「楽器」だ。人間のクリエイターが作曲、編曲、歌詞を作り上げ、初音ミクがその表現を「歌う」。創造性の主体は人間にある。
Advertisement
300x250
Xania Monetのケースでは、AIが作曲、編曲、ボーカルまでを生成する。Jonesが提供するのは歌詞のみ。創造性の主体が、人間からAIへと移行している。
この違いが、受容と拒絶を分けている。
日本音楽著作権協会(JASRAC)は2025年のアンケート調査で、音楽クリエイターの53%がAI学習利用に「反対」と回答したことを公表した。JASRACは「人間の創作性がないものは登録不可」としながらも、「AIをツールとして使った場合は創作性を否定しない」という立場を示している。
完全自律生成作品は対象外だが、人間の意図や編集が介在すれば認められる場合がある──この微妙な線引きが、今後の音楽業界の焦点となるだろう。
誰が「音楽家」なのか
Xania Monetのマネージャーは言う。「彼女の楽曲は大衆の心に響いている。それが私たちのシンプルな方程式だ」
しかし、YouTubeのコメント欄は別の方程式を示している。「心に響く」だけでは足りない。誰がそれを作ったのか、どうやって作られたのかが、音楽の価値を決める。
詩人が歌詞を書き、AIに歌わせることは「音楽家の仕事」なのか。ラジオ局がそれを放送することは、何を意味するのか。
この問いに、音楽業界はまだ答えを出せていない。15局の沈黙が、その葛藤を物語っている。
ただ一つ確かなのは、数字だけでは測れない何かが、音楽には存在するということだ。そしてリスナーは、その何かが失われることを恐れている。「AI slop」という言葉は、その恐怖の表れなのかもしれない。



