88歳の男性がスーパーで週5日働く動画が、わずか4日で186万ドル(約2.8億円)を集めた。寄付者は64,200人。この驚異的な数字が照らし出すのは、SNSの拡散力だけではない。なぜ、これほど多くの人が、見ず知らずの老人に財布を開いたのか?
「静かな尊厳」が64,200人を動かした
エド・バンバスは、ミシガン州ブライトンのスーパーマーケット「マイジャー」で週5日、1日8時間働いている。88歳だ。
彼は1999年にゼネラル・モーターズ(GM)を退職したが、2012年の同社破綻措置で年金を失った。当時、GMは年金債務の24%削減を目指し、約42,000人の退職者とその遺族に一括支払いを提案。エドもその影響を受けた一人だった。
その後、妻が病に倒れ、彼は介護者となった。医療費は膨らみ続けた。
「家を売り、所有していた不動産も売却して、なんとか乗り切りました「エドは涙ながらに語る。妻は7年前に亡くなった。「それ以来、自分の生活を立て直そうとしています」
だから彼は、88歳になった今も、労働市場に戻らざるを得なかった。
オーストラリアのインフルエンサー、サミュエル・ウェイデンホーファーが投稿した動画のなかで、エドはこう言った。「望んでいた人生を、少しでも生きたいんです」
ウェイデンホーファーは、エドの物語をGoFundMeページでこう表現した。「静かな尊厳、強さ、そして忍耐力を持って、エドは毎日現れる」
この言葉が、64,200人の心を動かした。初日だけで80万ドル。4日後には186万ドルを突破した。
世界を旅して「困っている人」を探す男
ウェイデンホーファーは、ただのインフルエンサーではない。彼は現在、世界中を旅しながら「助けを必要としている人々」のために資金を集める活動をしている。
彼のGoFundMeプロフィールを見ると、その活動の全貌が見えてくる。ダラーツリーで働く75歳のサンディの退去危機を救い、盲目の夫とそのケアをする妻ティッシュ&ジェリーを支援し、ホームレスのトゥルースに安全な場所を提供した。すべてのキャンペーンが、90%以上の達成率だ。
彼の手法はシンプルだ。スーパーや店舗で偶然出会った人々に話を聞き、その物語をSNSで共有する。エドのケースも同じだった。「デトロイトのスーパーで出会った男性が、私を完全に謙虚にさせました」
ウェイデンホーファーが400ドルを寄付してキャンペーンを開始したが、結果は彼の予想をはるかに超えた。「すべての期待を上回りました」と彼は後に語っている。
SNS時代の「助け合い」の構造
なぜ、この物語はこれほど多くの人を動かしたのか?
GoFundMeのデータによれば、キャンペーンがSNSでシェアされると、平均15ドルの寄付を生む。寄付者がシェアしても、寄付していない人がシェアしても、結果は同じだ。
心理学的には、「帰属意識」と「集団行動」が鍵となる。寄付の心理学を研究する専門家は、「寄付者は、チームや運動の一部であると感じると、より多く寄付する」と指摘する。
2014年の「ALS(筋萎縮性側索硬化症)アイス・バケツ・チャレンジ」は、その典型例だ。研究によれば、このキャンペーンに触れた人々は、寄付する確率が高まり、寄付額も増加した。
エドのケースも同じ構造だ。動画を見た人々は、「自分も何かできる」と感じた。ある寄付者はこうコメントした。「この男性は地の塩のような存在です。店に行くたびに彼を見かけますが、いつも笑顔で、最も親切な魂です。彼が認められ、ずっと前に得るべきだった評価を受けているのを見て、とても嬉しいです」
しかし、個人の善意に依存する社会
だが、この美しい物語には、見過ごせない構造的な問題が潜んでいる。
なぜ、88歳の退役軍人が働かなければならないのか?
エドの年金は、企業の破綻によって消えた。妻の医療費は、彼の財産を食い尽くした。社会保障制度は、彼を守れなかった。
クラウドファンディングは、こうした制度の限界を補う役割を果たしている。しかし、それは同時に、個人の善意に依存する社会の脆弱性も浮き彫りにする。
エドはバイラル化した。64,200人が彼を助けた。しかし、バイラル化しなかった人々はどうなるのか?
同じマイジャーで働く、名前も知られない高齢者たちは? ダラーツリーで立ち続ける75歳の女性たちは? ウェイデンホーファーに出会えなかった人々は?
SNSの「助け合い」は、強力だ。しかし、それは偶然性に依存する。誰がバイラル化し、誰がそうでないかは、予測できない。
スーパーの対応と、エドの未来
NBC Chicagoの報道によれば、マイジャーは声明を発表した。「エドは弊店の愛されるメンバーであり、5年以上チームの一員です。彼は顧客とつながる素晴らしい方法を持っており、温かさと笑顔で店に喜びをもたらしています」
同社は、エドに無料の財務計画支援を提供すると発表した。突然の大金を適切に管理するためのサポートだ。
ウェイデンホーファーは、エドの息子と連絡を取り合っている。エドに募金総額をサプライズで伝える予定だという。
エドはまだ、自分のために186万ドルが集まったことを知らない。
「望んでいた人生」を生きる機会が、ようやく訪れた。



