1日1杯のコーヒーが心房細動の再発リスクを39%減少させる──米国の大規模臨床試験がこんな結果を示した。健康にいいのか、悪いのか。終わらない「コーヒー論争」のなかで、少なくとも不整脈には保護効果がありそうだという科学的根拠が示されたことになる。
従来の「常識」を覆す研究結果
2025年11月9日、米国医師会雑誌(JAMA)に掲載された臨床試験は、医療界の常識を覆す結果を示した。米国、カナダ、オーストラリアの3カ国で実施されたこの研究は、心房細動または心房粗動の患者200人を対象に、6ヶ月間にわたって追跡調査を行った。
参加者は2つのグループに分けられた。1つは1日最低1杯のコーヒーを飲み続けるグループ、もう1つはコーヒーとカフェインを完全に断つグループだ。
結果は明確だった。コーヒーを飲み続けたグループの47%が心房細動または心房粗動を再発したのに対し、カフェインを完全に断ったグループでは64%が再発。コーヒー摂取群は、再発リスクが39%低かったのだ。
「これは強力な証拠です。患者にコーヒーを避けるよう指導する説得力のある理由はありません」と、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の循環器専門医グレゴリー・マーカス教授は述べた。
この結果は、長年にわたって医師が患者に伝えてきた「カフェインは不整脈を悪化させる」という助言と真っ向から対立する。実際、最新の心房細動診療ガイドラインでさえ、「症状が悪化する場合はコーヒーを控えることを検討すべき」と記載されている。
終わらない「コーヒー論争」
コーヒーをめぐる科学的知見は、常に両極端だ。
ある研究は「コーヒーが心不全リスクを減少させる」と報告し、別の研究は「血圧を上昇させる」と警告する。認知機能の改善、がん予防効果を示すデータがある一方で、不安症状の悪化や特定のがんリスク上昇を指摘する論文も存在する。
研究デザインの違い、対象者の属性、コーヒーの種類や摂取量、追跡期間の差異―混乱の原因は複数ある。そして何より、コーヒーには1000種類以上の化合物が含まれており、カフェイン以外の成分が複雑に作用している可能性がある。
患者にとって、この状況は悩ましい。朝のコーヒーを楽しみにしている人が医師から「控えるべきだ」と言われる。しかし別の医師は「適度なら問題ない」と答える。インターネットで調べれば、相反する情報が溢れている。
「コーヒーをやめるべきか」という問いに、明確な答えはなかった。少なくとも、今回の研究が発表されるまでは。
心房細動とは何か―日本でも増加する静かな危機
心房細動は、心臓の上部にある心房が不規則に震え、血液がうまく送り出せなくなる状態だ。動悸、息切れ、めまいといった症状が現れるが、無症状の人も多い。
最も深刻なのは、脳梗塞のリスクが通常の5倍に跳ね上がることだ。心房内で血液がよどみ、血栓ができやすくなる。その血栓が脳に飛べば、脳梗塞を引き起こす。心不全のリスクも増大する。
米国では1000万人以上が心房細動と診断されており、生涯で3人に1人が発症すると推定されている。高齢化と肥満の増加に伴い、患者数は急増している。
日本でも状況は同じだ。高齢化が進むなか、心房細動患者は確実に増えている。無症状のまま進行し、脳梗塞で初めて発見されるケースも少なくない。予防可能な脳梗塞を防ぐためにも、心房細動への理解と対策が求められることになるだろう。
なぜコーヒーが心房細動を防ぐのか
今回の研究を主導したUCSF のマーカス教授は、いくつかのメカニズムを指摘している。
第一に、カフェインはアデノシン受容体をブロックする。アデノシンは心房細動の発症を促進する物質であり、カフェインがこれを阻害することで、不整脈の発生を抑える可能性がある。動物実験では、カフェインが心房の心筋細胞の電気的回復を延長することも示されている。
第二に、コーヒーに含まれる抗酸化物質が炎症を抑制する。慢性的な炎症は心房細動のリスク因子の一つであり、抗酸化物質がこれを軽減する。
第三に、カフェインには利尿作用がある。体内の余分な水分を排出することで血圧が低下し、結果として心房細動のリスクが減る。
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そして第四に、意外な間接効果がある。マーカス教授の以前の研究では、カフェインを摂取した人は身体活動量が増えることが、ウェアラブルデバイスのデータで確認されている。運動が心房細動のリスクを減らすことは、すでに確立された事実だ。「コーヒーは身体活動を増やし、それが心房細動を減らす」というメカニズムも働いている可能性がある。
「少なくとも不整脈には良さそう」という暫定的な結論
今回の研究は、コーヒーをめぐる全ての議論に決着をつけるものではない。研究には限界もある。
まず、参加者は自己申告でコーヒー摂取を報告しており、完全な遵守が保証されていない。実際、カフェイン禁止グループの31%は、何らかの形でカフェインを摂取していた。また、研究はコーヒーを飲む意思のある人だけを対象としており、もしコーヒーで本当に症状が悪化する人がいれば、そうした人々はこの研究から除外されている可能性がある。
さらに、今回の研究が示したのは「1日1杯程度のコーヒー」の効果だ。大量摂取―例えば1日に5杯、6杯と飲む―の影響については、この研究では明らかになっていない。米国の推奨では、1日のカフェイン摂取量は400mg未満(コーヒー約4杯相当)とされている。
個人差も重要だ。「一部の人にとっては、カフェインやコーヒーが心房細動を誘発したり悪化させたりする可能性がある」とマーカス教授も認めている。
それでも、今回の研究が示した意義は大きい。心房細動患者の多くが、医師の助言に従ってコーヒーを断念してきた。その必要がないかもしれない、むしろコーヒーを飲み続けた方が良いかもしれない──この可能性を、大規模な臨床試験が初めて示したことになる。
科学は前進し、選択肢は広がる
コーヒーをめぐる論争は、今後も続くだろう。新たな研究が発表され、別の側面が明らかになり、また新しい疑問が生まれる。それが科学の営みだ。
ただ、今回の研究が私たちに教えてくれたのは、一つの確かな事実だ。心房細動を抱える人が、朝の一杯のコーヒーを楽しむことは、少なくとも禁忌ではない。むしろ、それが心臓を守る可能性すらある。
もちろん、自分の体との対話は重要だ。コーヒーを飲んで動悸が強まると感じるなら控える、不安があるなら医師に相談する──そうした個別の判断は変わらない。ただ、一律に「やめるべき」と決めつける時代は、終わりつつある。



