毎週月曜、Spotifyのアルゴリズムは驚くほど的確な新曲を届けてくれる。Discover Weeklyは「あなたより、あなたを知っている」と評価されてきた。しかし12月11日、Spotifyはさらに一歩先へ進んだ。ユーザーが言葉でアルゴリズムを操る時代へ。これは「優秀なアルゴリズム」の否定ではなく、進化だ。そして、あなたがまだ知らない音楽との出会いが、大きく広がることになりそうだ。
7億人が体験してきた「受動的な優秀さ」
Spotifyのアルゴリズムは、音楽ストリーミング業界で長らく最高峰と評価されてきた。
2015年に登場したDiscover Weeklyは、毎週月曜に30曲の新しい音楽を届ける。ユーザーの過去の再生履歴、スキップ行動、プレイリストへの追加パターンを機械学習で分析し、「まだ聴いたことがないが、好きになるはずの曲」を予測する。精度は驚異的だった。多くのユーザーが「Spotifyは私より、私の音楽の好みを知っている」と感じるようになった。
2016年にはRelease Radarが加わり、フォローしているアーティストの新曲を自動でキュレーションする。2017年のDaily Mixでは、ジャンルやムードごとに分類された複数のプレイリストが毎日更新される。
現在、Spotifyは7億1,300万のリスナーを抱え、その90%が「Spotifyは生活に不可欠」と回答している。この成功の核心は、ユーザーが何も指示しなくても、アルゴリズムが勝手に最適な音楽を届けてくれる「受動的な優秀さ」にあった。
しかし、89億件のプレイリストが示していたもの
だが、Spotifyのユーザーは受動的に聴くだけではなかった。
Spotifyのリスナーはこれまでに89億件のプレイリストを作成している。この膨大な数字は、人間のキュレーションへの渇望を物語っている。
「どれほど優秀なアルゴリズムでも、応えきれないものがあった。「今日の気分」「特定の目的」「複雑な文脈」だ。
たとえば、「5キロランニング用に、最初の30分はテンポを保つ高エネルギーなポップとヒップホップ、最後はクールダウン用のリラックスした曲」といった具体的なリクエスト。あるいは、「過去5年間のトップアーティストの楽曲で、まだ聴いたことがないものを中心に」といった細かい指定だ。
Discover Weeklyは素晴らしいが、ユーザーが求めているのは「Spotifyが選んでくれる30曲」だけではない。自分の頭の中にある、もっと複雑で、もっと個人的な音楽体験だった。
しかし、それを実現するには開発者レベルのスキルが必要だった。Spotifyの共同プレジデント兼CPO兼CTOのグスタフ・セーデルストロームは言う。「Spotifyの開発者でなければ、自分専用のプレイリストアルゴリズムを書くことはできませんでした。あなたの最高のアイデアは、頭のなかに留まるしかなかったのです」
生成AIが解き放つ「言葉で操るアルゴリズム」
その限界を打ち破ったのが、Prompted Playlistだ。12月11日、ニュージーランドのプレミアムリスナーにベータ版が公開される。
この機能は、ユーザーが英語の自然言語でプレイリストの内容を指示できる。そして、Spotifyのアルゴリズムはその指示に従う。
「過去5年間のトップアーティストの楽曲を中心に、まだ聴いていないディープカットを」
「今年の大ヒット映画とドラマのサウンドトラックから、自分の好みに合う曲を」
「メジャーツアー中のアーティストの楽曲を」
これらの指示は、すべてSpotifyの全リスニング履歴(アカウント開設日から現在まで)を基に処理される。あなたの過去の好み、最近のトレンド、世界の音楽文化を統合し、プレイリストを生成する。
さらに、各曲には「なぜこの曲が選ばれたのか」という説明が付く。プレイリストは毎日または毎週更新され、常に新鮮さを保つ。
技術的には、大規模言語モデル(LLM)を活用した自然言語処理と、Spotifyの既存の音楽推薦アルゴリズムの融合だ。ChatGPTの登場以降、ユーザーは「AIに自然な言葉で指示を出せる」ことを期待するようになった。Spotifyはその期待に応えた。
グスタフは言う。「もはや、コントロールと利便性のどちらかを選ぶ必要はありません。両方を手に入れることができるのです」
あなたの言葉が、未知の音楽を連れてくる
Prompted Playlistは、音楽との出会いを大きく拡大することになりそうだ。
従来のDiscover Weeklyは、あなたの過去の行動パターンから予測した30曲を届けた。それは素晴らしいが、範囲は限定的だった。しかしいま、あなたは自分の言葉で、発見の範囲を広げることができる。
「80年代のシンセポップで、日本ではまだ知られていないアーティスト」
「クラシック音楽を現代的にリミックスした楽曲」
「アフリカのインディーズシーンから注目されている新人アーティスト」
これらのプロンプトは、従来のアルゴリズムでは到達できなかった音楽領域へあなたを連れて行く。
アーティストにとっても、これは大きなチャンスだ。従来は「Spotifyのアルゴリズムに選ばれる」ことが重要だった。しかし今後は、「ユーザーの言葉で発見される」可能性が開かれる。ニッチなジャンル、実験的な楽曲、地域的に限定されていた音楽が、世界中のリスナーに届く道が拓ける。
グスタフは記事の最後で予告する。「2026年は、ファンとアーティストの両方にとってエピックな年になるでしょう。次に何が来るか、楽しみにしていてください」
Spotifyのアルゴリズムは、もはや「予測する」だけではない。「あなたの言葉に従う」ようになった。その先に広がるのは、あなたがまだ知らない音楽との、無限の出会いだ。



