「キノコが脳腫瘍に効く」──こんな話を聞いたら、あなたは信じるだろうか? 実は、半分正解だ。MITの化学者たちが合成に成功したのは、ある種の真菌が生み出す化合物で、臨床試験では悪性脳腫瘍の成長を抑制することが確認されている。
医薬品の半分は「自然の模倣」
現代医療を支える薬の多くは、自然界がヒントになっている。1928年、アレクサンダー・フレミングが発見したペニシリンは、カビ(Penicillium notatum)が生成する物質だった。アスピリンは柳の樹皮から。抗がん剤タキソールは、イチイの木から。
真菌、植物、微生物──自然界の生物が数億年かけて進化させた化学物質は、人類がまだ到達していない複雑さを持つ。化学者の仕事は、それを解読し、実験室で再現することだ。今回のMITの発見も、その系譜に連なる。
「illudalane」という舌を噛みそうな名前
MITのチームが合成に成功したのは、イルダラン・セスキテルペノイド(illudalane sesquiterpenoids)という化合物。ある種の真菌が生成する物質だが、自然界から抽出できる量があまりに少ないため、化学合成で作る必要があった。
MITの公式発表によれば、このプロセスには複雑な化学反応の連鎖が必要だった。しかし一度経路が確立されれば、安定的に供給できる。これが、天然物化学の真髄だ。
脳腫瘍という「最難関」
なぜ脳腫瘍なのか? 脳腫瘍治療が現代医学の最難関だからだ。血液脳関門という防壁がほとんどの薬物を脳内に通さない。本来は脳を守る仕組みだが、治療の際には障壁となる。
悪性脳腫瘍(グリオブラストーマ/glioblastoma)の5年生存率はわずか5%。平均余命は12〜15ヶ月。標準治療は手術、放射線、化学療法の組み合わせだが、それでも予後は厳しい。新しいアプローチが切実に求められている。
マウス実験で腫瘍成長を抑制
MITのチームは、合成したイルダラン化合物を悪性脳腫瘍を持つマウスに投与した。結果として、腫瘍の成長が有意に抑制された。血液脳関門を突破し、脳内で効果を発揮したのだ。
さらに興味深いのは、この化合物が正常な細胞にはほとんど影響を与えず、がん細胞だけを標的にする点だ。理想的な抗がん剤の条件を満たしていると言える。
次のステップはヒト臨床試験
もちろん、マウスで効いたからといって、人間に効くとは限らない。多くの有望な化合物が臨床試験の段階で脱落する。ただ、化学合成によってこの化合物を安定的に供給できる道が開けたこと自体が、大きな前進と言えるだろう。
もし成功すれば、グリオブラストーマという最も治療困難ながんに、新たな武器が加わることになるだろう。


