「あの子の鼻は父親譲り、口元は母親譲りね」。親族の集まりでこんな会話をしたことはないだろうか? でも、なぜ顔はパーツごとに受け継がれるのか? そして、なぜある人は片方の親にそっくりで、ある人はミックスなのか? ドイツの研究チームが、その謎を解く鍵を発見した。
あなたの鼻はいつ決まったのか
2025年11月、マックス・プランク進化生物学研究所のチームが発表した研究は、約6万個のマウス胚細胞を異なる発達段階で調査し、これまでで最も詳細な顔の発達マップを作成した。そこで明らかになったのは、驚くべき事実だった。
あなたの鼻の形は、鼻の骨ができるずっと前に決まっている。
研究チームが注目したのは「顔面間葉」と呼ばれる細胞だ。これは胚の段階で存在する、まだ何になるか決まっていない未分化の細胞群。最終的にはこれが顔の骨格の大部分を形成するのだが、興味深いのは、骨になる前の段階ですでに細胞が独自の「位置プログラム」を持っている点だ。
位置プログラムとは、遺伝子の独自の組み合わせが作り出す、いわば分子レベルの「郵便番号」のようなものだ。「ここが鼻孔になる」「ここが人中になる」「ここが上唇になる」──そうした情報が、構造が実際に現れるずっと前から、細胞にマークされている。 
細胞が持つ「地図」が、パーツごとの遺伝を可能にする
ここで、冒頭の疑問に戻ろう。なぜ顔は「父親の鼻、母親の口元」のように、パーツごとに受け継がれるのか?
答えは、この位置プログラムにある。研究チームが人間のゲノムワイド関連研究(GWAS)のデータと統合したところ、正常な顔の形のバリエーションに関わる遺伝子が、間葉細胞に高度に濃縮されていることが判明した。
つまり、顔の各パーツに対応する細胞が、それぞれ独立した「座標」を持っているため、遺伝情報もパーツごとに局所的に発現できる。鼻の領域の細胞は鼻に関する遺伝情報を、唇の領域の細胞は唇に関する遺伝情報を読み取る。だから、顔全体が一方の親に似るのではなく、パーツごとに両親の特徴を複合的に受け継ぐことができる。
「脳が指示を出している」という常識を覆した
この発見がなぜ画期的なのか。それは、従来の常識を根本から覆したからだ。
これまで、顔の形成は「外胚葉(表面の層)や脳からの信号が、未分化の細胞に指示を出してコントロールしている」と考えられていた。つまり、司令塔があって、そこから指令が下る、というトップダウンのモデルだ。
しかし実際は違った。未分化の細胞自身が、すでに「自分がどこにいるか」を知っていた。外からの指示を待つ受動的な存在ではなく、細胞自身が地図を持っていた。
この理解は、医療にも大きな影響を与える。研究では、位置プログラムの変異が、多数の頭蓋顔面症候群や顔面異常に関連していることも明らかになった。先天性の顔面異常がなぜ起きるのか、そのメカニズムの一端が見えてきた。
顔の多様性が生まれる理由
人間の顔は、驚くほど個性的だ。他の動物と比べても、人間ほど顔で個体を識別できる種は珍しい。
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なぜこれほど多様なのか? 一つの答えは、社会性だ。人間は高度に社会的な生物であり、個体識別は生存に直結する。誰が味方で、誰が敵か。誰が家族で、誰が他人か。顔の多様性は、そうした識別を可能にする進化的な適応と考えられている。
今回の研究は、その多様性を生み出す細胞レベルのメカニズムを明らかにした。そして、研究チームは公開オンラインアトラスを作成し、誰でも遺伝子ごと、発達段階ごとに顔の形成プロセスを探索できるようにした。進化生物学、発生生物学、そして医療の研究者たちが、この地図を使って新たな発見を重ねていくだろう。
あなたの鼻が父親似なのは、偶然ではない。胚の段階で、細胞が「ここが鼻になる」と知っていたからだ。


