クリーブランド・クリニックの世界初クリスパー(CRISPR)臨床試験で、1回の点滴投与により悪玉コレステロールが50%、中性脂肪が約55%減少し、重篤な副作用なく安全性が確認された。しかし、この技術が示すのは医学的成功だけではない。毎日薬を飲むことから解放される可能性を開くものだ。
1回の点滴で50%減少
2025年11月8日、クリーブランド・クリニックは米国心臓協会学術集会で発表した世界初のCRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)遺伝子編集療法の臨床試験結果は、心血管疾患治療の新時代を予感させるものだった。同時に医学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」(NEJM)にも掲載されたこの研究は、第1相試験として15人の患者を対象に実施された。
試験では、オーストラリア、ニュージーランド、英国の6施設で、31歳から68歳の成人患者が参加。全員が既存の薬物療法では制御できない高中性脂肪血症と高LDLコレステロール血症を抱えていた。
CTX310という実験的治療法は、1回の静脈内点滴投与で完結する。この治療は、CRISPR編集機構を肝臓に運び、ANGPTL3という遺伝子をオフにする。このメカニズムは、自然界の観察から生まれた。生まれつきANGPTL3の機能喪失型変異を持つ人々は、生涯を通じて心疾患リスクが低く、明らかな悪影響もないことが知られている。
投与後2週間以内にLDLコレステロールと中性脂肪の両方が大幅に減少し、少なくとも60日間は低い水準を維持した。最高用量では平均約50%の削減効果が見られた。全患者が最低60日間の安全性フォローアップを受けている。
重篤な副作用は報告されず、3人の参加者が背中の痛みや吐き気などの軽微な反応を経験したが、薬で解消された。治療前に肝酵素が上昇していた1人の参加者は、一時的にさらなる上昇が見られたが、数日で正常に戻り、治療を必要としなかった。
「重要なのは、CTX310に関連する重篤な安全性事象がなかったことです」と、研究の筆頭著者であるクリーブランド・クリニックの循環器専門医ルーク・ラフィン医師は述べる。「ただし、これは小規模で比較的短期間の研究であり、今後の試験で安全性を厳密に研究し続ける必要があります。」
参加者は試験後1年間モニタリングされ、FDAがすべての遺伝子編集療法に推奨する15年間の長期安全性フォローアップが行われる。
毎日の薬の服用が抱える問題
LDLコレステロール値が高すぎると、動脈壁にプラークが蓄積するアテローム性動脈硬化症を引き起こし、心臓発作や脳卒中のリスクが高まる。2018年時点の推計では、米国成人の26.4%がLDLコレステロール値の上昇を抱えている。高中性脂肪も心血管疾患のリスクを高め、米国では約25%の人々が高中性脂肪血症に該当する。
しかし、既存の治療法には根本的な問題がある。服薬アドヒアランス、つまり治療を継続できるかという課題だ。
「治療の遵守は患者にとって重大な問題です。実際、コレステロール低下薬を処方された患者の半数が、1年以内に服用を中止しています」と、クリーブランド・クリニック心臓・血管・胸部研究所の最高学術責任者スティーブン・ニッセン医師は指摘する。
スタチンなどの従来薬は毎日の服用が必要で、PCSK9阻害剤などの新しい治療法も月1回の注射を要する。これに対し、CTX310は1回の点滴で完結する可能性がある。
経済的インパクトも大きい。毎日薬を飲むことは生涯コストが積み重なり、定期的な処方箋更新や医療機関への訪問も必要だ。月1回の注射も年間12回の医療機関訪問を意味する。1回の治療で済むなら、患者の負担は劇的に減少する。
心理的な側面も見逃せない。毎日薬を飲むことは「病人」としての自己認識を日々強化する。飲み忘れへの不安、副作用への懸念、生活の制約。これらすべてから解放される選択肢が、目の前に現れつつある。
DNAを書き換える技術の進化
クリスパー・キャスナイン(CRISPR-Cas9)は、人間のDNAの特定領域を修正または訂正し、深刻な疾患を治療できる遺伝子編集技術だ。2012年にジェニファー・ダウドナとエマニュエル・シャルパンティエによって開発されて以来、医療応用は急速に進んでいる。
これまでCRISPRは、鎌状赤血球症やβサラセミアなどの遺伝性血液疾患の治療でFDA承認を取得している。眼疾患、がん免疫療法、遺伝性筋疾患など、幅広い領域で臨床試験が進行中だ。
今回のCTX310の特徴は、疾患の「原因」となる遺伝子変異を修正するのではなく、正常に機能している遺伝子を「オフにする」アプローチだ。ANGPTL3遺伝子を不活性化することで、コレステロールと中性脂肪を下げる。
この発想は、自然界の観察から生まれた。ANGPTL3の機能喪失型変異を持つ人々の研究から、この遺伝子がなくても健康に生きられるだけでなく、心疾患リスクも低いことが明らかになっている。言わば、「自然が実施した実験」から学んだのだ。
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CRISPR技術の進化は、治療の概念そのものを変えつつある。従来の薬は症状を「管理」するものだった。しかし遺伝子編集は、問題の根本に介入する。CTX310の場合、肝臓で継続的に作用し続けるため、1回の投与で長期的な効果が期待できる。
「この治療法はまだ開発の非常に初期段階にありますが、今後の試験で安全性と有効性が引き続き実証されれば、脂質異常症の治療法を変える可能性があります」とラフィン医師は述べる。「毎日の錠剤や月1回の注射ではなく、高コレステロール血症の患者にとって安全で持続的な1回の点滴を提供できる可能性があります。」
「一生に一度の治療」の実現に向けて
今回の第1相試験は成功裏に終わったが、これはあくまで始まりに過ぎない。2026年には第2相試験が開始される予定で、より広範な患者集団と長期的な結果に焦点を当てる。
第2相試験では、患者数を大幅に増やし、より多様な背景を持つ人々を対象とする。人種、年齢、既存の健康状態など、実世界の多様性を反映した試験が必要だ。また、効果の持続期間をより長期的に追跡する。60日間の効果確認は有望だが、1年、5年、10年と効果が続くのか、追加投与が必要になるのか、これらの疑問に答える必要がある。
安全性の監視も継続される。15年間の長期フォローアップは、遺伝子編集という不可逆的な介入に対する慎重なアプローチの表れだ。予期しない長期的影響がないか、綿密に観察される。
しかし、最も重要な問いは、この技術が「一生に一度の治療」として機能するかどうかだ。もしそうなら、慢性疾患治療のパラダイムシフトとなる。毎日薬を飲むことから、一生に一度の介入へ。これは医療の歴史における大きな転換点になるだろう。
実用化までの道のりはまだ長い。第2相、第3相試験を経て、規制当局の承認を得るまでには数年かかる。しかし、今回の結果は、その未来が単なる夢物語ではないことを示している。
「遺伝子編集療法の研究はまだ初期段階ですが、現在の試験で実証された有効性は非常に有望であり、医薬品開発の新たなフロンティアを表しています」とニッセン医師は語る。
毎日の薬の服用から解放される日が近づきつつありそうだ。


