テクノロジー 2025.12.10

Text by SPARK Daily

「CO2を吸収する」コンクリート。米大学が開発した「330kg→6kg」の衝撃

「CO2を吸収する」コンクリート。米大学が開発した「330kg→6kg」の衝撃

ESMサンプルを持つ研究チームのニマ・ラバーとスザンヌ・スカーラタ Photo: Matthew Burgos

建築と二酸化炭素(CO2)排出は切っても切り離せない——そう思われてきた。コンクリートは世界で最も使われる建材だが、その製造は地球のCO2排出量の8%を占める。しかし、米ウースター工科大学(WPI)が開発した「酵素構造材(ESM)」は、この常識を覆す可能性を秘めている。従来のコンクリートが1立方メートルあたり330kgのCO2を排出するのに対し、ESMは6kg以上のCO2を「吸収」する。数時間で硬化し、リサイクル可能で、さらに「自己修復」する。一体、どんな技術なのだろうか。

生物を模倣した「CO2を食べる」建材

ESMの核心にあるのは、炭酸脱水酵素(Carbonic Anhydrase)と呼ばれる酵素だ。この酵素は、自然界では貝殻やサンゴ礁がCO2を固定化する際に使われている。貝が海水なかのCO2を吸収し、炭酸カルシウム(CaCO3)の殻を作る——そのメカニズムを建材製造に応用したのがESMだ。

WPIの研究チームを率いるニマ・ラバー教授は、この酵素を使ってCO2を固体の鉱物粒子に変換し、それらを結合させることで構造材を作り上げた。2025年12月、科学誌「Matter」に掲載された論文「Durable, high-strength carbon-negative enzymatic structural materials via a capillary suspension technique」には、その詳細が記されている。

従来のコンクリートは、セメントを製造する際に1450℃もの高温が必要で、大量のCO2を排出する。しかしESMは、穏やかな条件下で硬化する。生物が自然に行っていることを、人間の手で再現しただけだ。

「キャピラリーサスペンション」が可能にした強度

ESMのもう一つの革新は、「キャピラリーサスペンション」と呼ばれる技術にある。液体の毛細管力を利用して粒子同士を結びつける手法だ。酵素によって形成されたCaCO3結晶を、ハイドロチャー(炭化物質)の骨格に統合することで、強固な粒子ネットワークが生まれる。

論文によれば、ESMの平均圧縮強度は25.8メガパスカル(MPa)。これは、構造用コンクリートに求められる最低基準を超える数値だ。さらに、ESMは優れた耐水性を持ち、数時間で硬化する。従来のコンクリートが完全に硬化するまでに数週間かかることを考えれば、この速さは驚異的だ。

ラバー教授はWPIの公式発表でこう語る。「コンクリートは地球上で最も広く使われる建材であり、その製造は世界のCO2排出量の約8%を占めています。私たちのチームが開発したのは、排出を削減するだけでなく、実際に炭素を捕捉する実用的でスケーラブルな代替材です」

コンクリートが地球に与える負荷

コンクリートは、人類が水の次に多く消費する物質だ。世界では年間40億トン以上のコンクリートが生産されている。道路、橋、ビル、ダム——現代社会のインフラは、コンクリートなしには成り立たない。

しかし、その代償は大きい。セメント製造には石灰石を1450℃で焼成する工程が必要で、この過程で大量のCO2が放出される。さらに化石燃料を燃やして高温を維持するため、排出量はさらに増える。結果として、セメント産業だけで世界のCO2排出量の約8%を占めるまでになった。

なぜ代替材が登場しなかったのか?理由は単純だ。コンクリートは安価で、製造が容易で、強度があり、耐久性に優れている。これほど優れた特性を持つ材料を置き換えることは、技術的にもコスト的にも困難だった。

だが、ESMはその壁を突破しようとしている。

「自己修復」する建材という未来

ESMの可能性は、カーボンネガティブであることだけにとどまらない。この材料は「自己修復」特性を持つ。小さなひび割れが生じても、適切な条件下では自然に修復される。研究チームはこれを「生きた材料(living material)」と呼んでいる。

実用化の道筋も見えている。ESMは屋根デッキ、壁パネル、モジュール建築部材など、さまざまな用途に適している。リサイクル可能であるため、長期的なコストも削減できる。さらに、軽量で迅速に生産できることから、災害復興の現場でも活躍が期待される。

ラバー教授はこう締めくくる。「世界の建設のほんの一部でもカーボンネガティブ材料に移行すれば、その影響は計り知れない」

建築とCO2排出が切り離せない時代は、終わりを迎えつつあるのかもしれない。

Source: wpi.edu ほか

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