59ドルの物理デバイス「Brick」が、意志力に頼らないスマホ依存対策として注目を集めている。Appleのスクリーンタイムには「無視」ボタンがあるが、Brickにはない。解除するには物理的にデバイスのもとへ戻る必要がある。この「回避不可能な摩擦」が、行動変容を促す鍵だという。
「回避できない」物理的な摩擦を作る
Brickは、トランプのデッキほどのサイズの物理デバイスだ。使い方はシンプル。専用アプリでブロックしたいアプリを選び、スマホをBrickにタップする。するとApple PayのようなNFC技術で、選択したアプリがロックされる。
解除方法は一つだけ。物理的にBrickのもとへ戻り、再度タップすること。パスコードを入力する方法も、「あと15分」ボタンもない。Brickを冷蔵庫に貼り付けておけば、InstagramやTikTokを開くには、ソファから立ち上がって台所まで歩く必要がある。
価格は59ドルの買い切り。月額課金なし。iOSとAndroidに対応し、一つのBrickで複数のスマホを管理できる。緊急時用に5回の「Emergency Unbrick」が用意されているが、それ以降は物理的に戻るしかない。
なぜ「物理的」である必要があるのか
AppleのScreen Timeには致命的な弱点がある。「制限を無視」というボタンだ。ユーザーは簡単にそれをタップし、元の習慣に戻る。
Brickの共同創業者T・J・ドライバーとザック・ナスゴウィッツは、2023年の創業時にこう語っている。「スマホが人生を邪魔していた。良い解決策が見つからなかったから、自分たちで作った」
彼らが目指したのは「中間地点」だった。フリップフォンに戻すには不便すぎる。電車のチケット、Uber、地図、決済。現代生活にスマホは不可欠だ。しかしスクリーンタイムでは甘すぎる。必要なのは、スマホの便利さを残したまま、依存を断つ仕組みだった。
Brickが作り出すのは、衝動と意図の間のギャップだ。「今、本当に必要なのか?」と自問する瞬間を、物理的に強制する。行動経済学が示すように、人間の行動は摩擦によって変わる。選択肢を減らすのではなく、選択にコストを課す。それがBrickの設計思想だ。
Washington Post記者が語る「退屈」の価値
『Washington Post』紙のソーシャルメディアマネージャー、ケイリー・シットンは、2.5ヶ月間Brickを使用した体験をこう綴っている。「私はドーパミンループを設計する仕事をしている。だから自分は『スマホ依存』とは無縁だと思っていた。それは妄想だった」
彼女が気づいたのは、スマホが問題なのではなく、退屈できないことが問題だということだった。通勤中、散歩中、友人のブランチへ向かう道中。あらゆる隙間を、通知、動画、写真で埋めていた。
Brickを使い始めて何が変わったか。彼女は本を5冊読破し、水彩画を再開し、父親に電話をかけるようになった。SNSで「つながっている」と感じていた友人関係の一部は、実は疑似的な親密さに過ぎなかったことに気づいた。それが消えたとき、残ったのは沈黙だった。「その沈黙の一部は痛みを伴った。他の一部は、奇妙なほどの解放感だった」
彼女は「観客がいないとき、自分は何を本当に大切にしているのか?」という問いに向き合う時間を取り戻した。
Oprah推薦、HSA対応。「健康デバイス」として認知
Brickは単なるガジェットではなく、健康介入として認知されはじめている。
米国の健康支出口座(HSA)および医療費補助口座(FSA)での購入が可能だ。つまり、税制優遇を受けられる医療関連デバイスとして分類されている。
Advertisement
300x250
推薦者も錚々たる顔ぶれだ。オプラ・ウィンフリーが特集し、『不安な世代』の著者ジョナサン・ハイトが推奨。歌手のロードやジャーナリストのエズラ・クラインも使用している。
スマホ依存は、かつて個人の意志力の問題とされた。しかし今、それは設計の問題として扱われ始めている。プラットフォームはエンゲージメントのために最適化されており、人間の注意を奪うことで収益を上げる。その構造に対抗するには、個人の意志だけでは限界があるだろう。
プラットフォームは変わらない。変えるのは「摩擦」だ
ケイリー・シットンは記事の最後にこう書いている。「皮肉なことに、ソーシャルメディアを魅力的で依存性の高いものにする仕事をしている私が、今はそれにアクセスするのを難しくするためにお金を払っている」
しかし彼女が学んだのは、プラットフォームのエンゲージメント設計と、人間の幸福のための設計は、同じではないということだ。プラットフォームは変わらない。アルゴリズムは人々を誘導し続ける。スマホの通知は止まらない。
変えられるのは、私たちとデバイスの関係性だ。それは意志力や自己規律だけでは疲弊する。必要なのは摩擦だ。行動する前に「なぜ?」と自問するだけの、ほんの少しのハードルだ。
Brickを永遠に使い続けるかどうかは、彼女にもわからない。しかしひとつだけ確かなことがある。「スマホをコントロールしていると思い込みながら、実際にはスマホに人生を支配されていた自分には、もう戻りたくない」
彼女はいま、本を読み、水彩画を描き、父親に電話をかけるのに忙しい。そんな妄想に戻る時間はない。


