テクノロジー 2025年10月31日

Text by SPARK Daily

「完全無料」でAdobeを包囲。Canva、Affinityを「解放」

「完全無料」でAdobeを包囲。Canva、Affinityを「解放」

買い切り70ドルが「完全無料」に

2025年10月30日、Canvaは新しいAffinityアプリを発表した。これまで独立していた3つのアプリ——写真編集の「Affinity Photo」、ベクターデザインの「Affinity Designer」、ページレイアウトの「Affinity Publisher」——を1つに統合し、完全無料で提供するという内容だ。

従来のAffinityは買い切り70ドルで販売されており、Adobe Creative Cloudの月額サブスクリプション(9.99〜59.99ドル)に疲弊したクリエイターたちの受け皿となっていた。世界で300万人のユーザーを抱え、Apple Design AwardやApp of the Yearを受賞するなど、プロフェッショナルツールとしての評価も高かった。

その買い切りモデルが、今回「完全無料」に転換した。無料のCanvaアカウントを作成すれば、誰でも全機能を利用できる。有料になるのは、Canva Premium会員(月額14.99ドル)向けのAI機能(背景削除、生成塗りつぶしなど)のみだ。

Adobeの「サブスク支配」に風穴

Adobeは、クリエイティブツール市場を長年支配してきた。同社のCreative Cloudは、2024年末時点で3,700万人の有料会員を抱え、年間収益は127億ドルに達する。Photoshop単体でも月額22.99ドル、年間契約なら約276ドルのコストがかかる。

この価格構造は、プロフェッショナルにとって大きな負担だ。フリーランスや中小企業にとって、年間数百ドルのサブスクリプション費用は無視できない。さらに、途中解約には違約金が発生する仕組みも、ユーザーの不満を招いてきた。

Affinityは、この「サブスク疲れ」に応える形で成長した。買い切り70ドルという価格設定は、Adobe製品の年間コストのわずか10分の1程度。アップデートも無料で提供され、長期的なコストパフォーマンスは圧倒的だった。

しかし今回、その買い切りモデルすら超えた。完全無料という価格破壊は、Adobe対抗の決定打となる可能性がある。

Canvaの急成長が示す「脱Adobe」の波

Affinityを「完全無料」にできる背景には、Canva自体の圧倒的な成長がある。

2025年8月時点のデータによれば、Canvaの月間アクティブユーザーは2.4億人に達し、年間経常収益(ARR)は33億ドルを記録した。これはAdobeのCreative Cloud有料会員(3,700万人)の6.5倍に相当する規模だ。企業評価額は420億ドルに達し、Fortune 500企業の95%がCanvaを利用している。

Canvaは2024年3月にAffinityの親会社Serifを約3.8億ドルで買収した。当時、ユーザーの間では「サブスクモデルへの移行」が懸念されていたが、Canvaは4つの誓約を発表し、買い切りモデルの継続を約束していた。

今回の「完全無料化」は、その誓約を超えた動きだ。Canvaは2025〜2026年にIPOを予定しており、プロフェッショナル市場への本格参入は、上場に向けた重要な布石となる。

「無料」の裏にある戦略

では、Canvaはなぜプロ向けツールを無料で提供できるのか?

Canvaのビジネスモデルは、フリーミアムを基本としている。2.4億人の無料ユーザーをベースに、より高度な機能を求めるユーザーをPremium会員(月額14.99ドル)やEnterprise契約へと誘導する。推定2,100万人の有料ユーザーが、33億ドルの収益を支えている計算だ。

新Affinityは、この構造の中で「プロデザイナー獲得」という役割を担う。従来のCanvaは、デザイン初心者向けのイメージが強く、プロフェッショナルからは「簡易ツール」と見られがちだった。しかしAffinityを無料で提供することで、プロデザイナーをCanvaのエコシステムに取り込める。

そして一度Canvaアカウントを作成すれば、Affinityで作成したデザインをCanvaに直接エクスポートして共同作業やパブリッシュが可能になる。AI機能を使いたければ、Premium会員になる。この導線設計が、Canvaの成長エンジンだ。

Adobeからのスイッチングコストをゼロにすることで、クリエイター市場のパイそのものを奪う戦略と言える。

日本のクリエイター市場への影響

この動きは、日本のクリエイター市場にも大きな影響を与えるだろう。

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日本でもAdobe Creative Cloudは広く使われているが、サブスクリプション費用は個人事業主や中小企業にとって負担が大きい。特にフリーランスのデザイナーやイラストレーターにとって、年間数万円のコストは売上に直結する問題だ。

完全無料のAffinityは、こうしたクリエイターにとって現実的な選択肢となる。PSD、AI、PDFなど主要なファイル形式に対応しているため、クライアントとのやり取りにも支障はない。Adobe製品との互換性を保ちながら、コストをゼロにできる意味は大きい。

また、デザインを学び始める学生や、副業でクリエイティブワークを始めたい層にとっても、参入障壁が大幅に下がる。プロ向けツールが無料で手に入る時代は、クリエイティブ市場の裾野を広げる可能性がある。

クリエイティブツール市場の覇権争い

今回の動きは、クリエイティブツール市場の構造そのものを揺るがす。

Adobeの時価総額は2,760億ドル、対するCanvaは420億ドル。規模では依然としてAdobeが圧倒的だが、ユーザー数ではCanvaが6.5倍、成長率でも大きく上回る。Adobeは2024年にFigmaの200億ドル買収を試みたが、規制当局の反対で頓挫した。この失敗が、Canva+Affinityの台頭を許す結果となった。

Adobeも手をこまねいているわけではない。Adobe Expressを強化し、Firefly AIによる生成機能を投入している。しかし、月額サブスクリプションという基本構造は変わっていない。

一方、Canvaは「無料」というカードを切った。この価格破壊が、プロフェッショナルツール市場のコモディティ化を加速させる可能性は高い。

クリエイターにとって、選択肢が増えることは歓迎すべきだ。しかし、無料化の裏には新たな依存関係も生まれる。Canvaアカウントが必須となり、データはCanvaのクラウドに保存される。プライバシーやデータの所有権については、今後も注視が必要だろう。

Source: The Verge ほか

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